2019年3月29日(金)
日限り日記

 [顔の手術]
 皮膚科で手術を受けた。
 領収書には手術1282点とある。
 この皮膚科医院は先代の先生のときからかかっていた。先生は大体私と同じ世代らしく、私が症状を訴えると私も同じものができています、老人特有の皮膚の現象なので仕方がないのですよと言う。その先代は去年引退したが、引退の挨拶に後は娘が継ぐのでよろしくという文章があった。
 娘先生は年のせいだから仕方がないとは言わない。娘先生になってから手術を受け始めた。手術と言っても、ホクロの冷凍除去法であるが。
 前回のホクロは腕であったが、今回は顔である。放っておいてもいいが大きくなるので今のうちにとってしまった方がいいと言う。目の近くだから注意してと念を押すと当然です、という答え。大学の講師をやっているとのことで腕がテキパキしていて先代時代よりも客が増えた。若い女性客ばかりでなく私のような男の老人客も。
 
 囀や皮フ科のトタン屋根の上
 
 
 
 

2019年3月27日(水)
日限り日記

 「花の四月」
 病み上がりのように疲れていたが、近所の本屋はなくなってしまったので新横浜三省堂へ。
 長谷川櫂が「俳句」2月号に発表した「死の種子」50句の鑑賞を「俳句」4月号で見たくて。
 たまたま4月号には神野紗希も現代俳句時評欄で長谷川櫂を取り上げていた。
 一つは、坪内稔典が長谷川の句の巨視的な傾向を「自分が言葉にまで現れていない」と批判しているということ。すなわち「彼の大家風というか、概念的な認識で成り立つ句にさほど魅かれない」と言っていること。
 神野はしかし「死の種子」50句には否応なく今の自分が現れていた、と言っている。
  死の種子の一つほぐるる朝寝かな
  わが顔を死の覗きこむ朝寝かな
 神野は、「自分という極小にして唯一無二の座標を見失ってはいけないのだ」と結んでいる。
 また長谷川の「死の種子」がいいのは、「死に直面してしても、それを俳句に詠むという作家魂が現れていた」(同号西村和子「合評鼎談」ともある。
 これってたいそうなことを言っているようだが、俳句は自分をさらけ出さなければならない、私小説でなければならないということではないか。

 そうだとすれば俳句の世界は非常に小さなものになってしまう。
 新潮4月号を買う。町屋良平の新作「ショパンゾンビ・コンテスタント」が載っていたので。
 
 ビックカメラで4kテレビの話をパナソニックの人に聞く。液晶画面と有機EL画面の違い。チューナー内蔵とCATVセットボックスとの違い、45インチと55インチの違いなど。5、6月に新製品が出そうだから今のテレビが壊れていなかったら待った方が良いそうだ。
 電話&ファクス機を見る。詐欺電話対策のため。
 リンクケーブルを買う。2台のパソコンを結んで一つのマウスで二つのパソコンを操作しファイルのドラッグ&ドロップが出来るという不思議なケーブル。ノートパソコンで作った文章をUSBメモリーなしでデスクトップパソコンに移せる。面白そうだ。
 世の中の複雑化に追いついていかないと追いつけなくなる。追いかけすぎても転ぶが。
 
 
   どのページも花の溢るる四月号
   
   
   
 

2019年3月25日(月)
日限り日記

 [句会入選ならず]
 新宿タカノフルーツで食事。
 ブックファーストでは歌人穂村弘の「あの人に会いに」を買う。創作の秘密を探るインタービュー。
 穂村は現在読売新聞にコラムを持っているがこれが面白い。彼と俳人堀本裕樹との共著「短歌と俳句の五十番勝負」も面白かった。
 この「五十番勝負」は俳句しか作らない私の判定では堀本の圧勝。自分の歌や句の解説の文章が常に穂村が1ページなのに対して、堀本が1ぺーじ余と長いのは何か。俳句は短いからその分解説が長いのか。
 
 朝日カルチャーセンター「一億人の俳句教室」の3ヶ月に一回の句会。兼題は「椿」。
 今回は良い点が出ると思っていたが、互選でも2句にそれぞれ2点、1点しか入らず、先生の選にも入らなかった。先生の選はいつも厳しいから仕方がないが、互選でも点が入らないというのは共感が得られていないということである。先生ばかりでなく一般の人と自分の感じが離れているのは深刻だ。
 
  山姥(やまんば)(おこ)されつらつら椿かな

  椿落つ打ち重なりて眠りたく


 

2019年3月23日(土)
日限り日記

 [クラス会]
 大学のクラス会、青山マノワール・ディノ渋谷。出席者は年々減って今年は12名。去年の死亡者は1名。
 私が近況として話したこと。
 中国語:論語読了。2年の予定が4年に。読了する前にあの世に行くかと思っていたが生きながらえている。
 俳句句会は月1回に減少。内容もそれにつれて低調。年初の句は「母の逝き猫逝き年の改まる」
 ホームページ「ようこそ正太郎館へ」:明治時代に祖父の作った押し花300種掲載し祖父の恩に報いた。「日限り日記」を2日に一度改訂している。計57000アクセス。去年一年で7000アクセス。
 論語1章「人知らずして怒らず、また君子ならずや」とは自分は真逆。駄文を書いて人に認めてもらおうとしている。皆様の中で最も君子に遠い。
 
 出席者の話で私の耳を引いたのは、終戦時満州から引き上げた者二名の話だった。彼らによれば、日本人は当時満州国の上層部で「人民」を支配していたのだが、引き上げの苦難時に中国人からいやな思いをさせられたことは全くなかった。しかし、相当数いた朝鮮人からはひどい仕打ちを受けた。それが我々が日本人であるからなのか他民族に対しても同じようなことをするのかは分からないが、という話であった。もう少し詳しく聞いてみたい。
 
 帰り日経に出ていたHERNO青山店を探して寄ってみた。この店はアウター専門店で、セーターなどほかの製品は置いてない。レーンコートもよかったが少し時期遅れだが軽くて着やすかったのでダウンのコートを買った。店員が年寄り扱いをしてくれないのが嬉しかった。
 夜はsurfaceにウイルス感染防止ソフトMacfeeを入れようと思ったがうまくいかない。ほかの4台のパソコン、スマホはうまくいったのに。要するにボケて成功事例を再現できないのだ。成功も失敗も教訓として蓄積しない。
 そのうちsurfaceがパスワードを入れても起動しなくなって冷や汗を掻いたがなんとか自力で脱出。このところ分からなくなるとすぐ電話で聞こうとしてしまう。昔は自分で解決策を調べ尽くしたのに。サービスが充実してきたのとやはり専門家に聞くといろいろ関連した知識を得ることが出来るというのが理由だが、自助努力をする力がなくなったことが一番大きい。これではいざというときに万事人頼みになってしまう。
 夜は、クラス会、洋服買い(これが難儀なこと)、パソコン不調の興奮が残っていて眠れなかった。
 
 長い起伏表参道欅の芽
 
 
 
 
 

2019年3月21日(木)
日限り日記

 [カタクリを見る]
 久しぶりに神奈川県四季の森公園に行って、カタクリの群生を見た。カタクリが地上に姿を見せるのは年に5~6週間、花は2週間に過ぎないとのこと。球根から芽生えたカタクリは初めの年は一本の松葉のよう。毎年葉を大きくしながら7~10年かかってやっと花を咲かせるとのこと。その後20年から50年咲くらしい。
 いま公園は入り口の辛夷の並木が4分咲き。公園の中ではサンシユウ、木五倍子(きぶし)、蘆の角(らしきもの)、節分草の小さな若葉、ヒキガエル・ヤマアオガエルのオタマジャクシなどが見られた。
 
 カタクリの群れを育てる北斜面
 
 

2019年3月18日(月)
日限り日記

 [一枚のパソコンとして」
 Androidタブレットに変わるものとして買った「一枚」のパソコン―マイクロソフトsurfaceだったが、結局周辺機器として、キーボード、磁気ペン、マウス、LANケーブル、Ethernetアダプター、Bluetoothスピーカー、BluerayDriveなどを追加して立派な「一台」のデスクトップパソコンに仕立ててしまった。
 これを居間の机の上においてどっかり座り作業をしたとしたら、居間を自分の憩いの部屋と思っている妻の激しい口撃に遭ってしまうのは確実だ。
 かといって書斎に二台のデスクトップは要らない。要するに無駄な投資をしたのだが、パソコンというのは手を加えたくなるような、手を加えるのを待っているような風情がある(勝手な言い分かも知れないが)。
 居間には周辺機器を外して「一枚」のパソコンとして隅の方に置いておくだけにしますとも。
 
 三色菫の花殻掻けば富士白し
 
 
 
 

2019年3月16日(土)
日限り日記

 [Surfaceの品質]
 マイクロソフト社のパソコン/タブレットのsurfaceについては製品の初期不良と不良対応のサービスが悪いといいう噂があったが、サービスはそんなに悪くなかった。しかし製品の初期不良は私の場合もやはり沢山あった。具体的には、
 1.商品案内や箱には、Office Home&Business2019とあったが、実機にはOffice Home&Business2016がインストールされていた。
  2.Outlookの初期メールの設定画面が英語表記で、プロバイダーからこれではメール設定が出来ないと言われた。 
 3.windows10のバージョン1803がインストールされていた(インストール日は2019.1.17)。2019年3月モデルとあるのだから、バージョン1809であるべきではないか(バージョン1809は2018年10月から普及されている)。
 
  以上の欠陥はマイクロソフト社に連絡して電話サポートを受けて修正し正常化した。
 私の場合は機器そのものの不良ではなく、仕様書と中身が違うという問題である。つまり出荷時の品質管理がなっていないということだと思われる。
 このような品質管理上のトラブルが多くあってアフターサービスを強化せざるを得なくなったのではないか。アフターサービスはよくなったが、made in china製品の品質管理はまだまだだという段階なのかも知れない。
 
 山椿蕾の睨む尼の寺
 
 
 

2019年3月14日(木)
日限り日記

 [パソコンサポート]
 マイクロソフトのサポートを冷たすぎる、サポートの電話番号さえも分からないと書いたが、最近マイクロソフトの製品を買うとサポートの電話番号がついている。見落としました。
 またマイクロソフト社製品の利用者とともに運営するマイクロソフト・コミュニティにはモデューラーなる人が常駐していて、適切な解決方法を教えてくれるのもいい。
 コミュニティの相談内容を見ると、パソコンという機械はまだまだ安定した機械とは言いがたいことが分かる。実に不具合が多い。相談を持ち込む側も所詮はそういうものだと観念しているところもあるようだが。日韓問題のネット・ディベイトを見ると良い暇つぶしになると言う人がいるが、パソコンマニアにはこのコミュニティのやりとりは面白いでしょうね。
 でも中には暗証番号を忘れた、それを聞こうとしても電話が繋がらない、メールで聞いても解決するために参照するホームページアドレスを教えてくれるだけだがそんな難しいことは出来ない、今すぐ暗証番号を教えよと訴える人もいる。本人にとっては大問題だが自分で解決して行くしかないことをどうしたら分かってもらえるか、マイクロソフト社も大変ですね。
 昨日は新しいパソコンにOfficeの2016バージョンがインストールされていたのをマイクロソフトサポートのリモートアシストを受けて正しい2019バージョンに入れ直して解決したが、今日なんとサポートからその後のパソコンの具合はどうですかとフォローの電話があった。
 というわけでたちまち冷たいという前言を訂正します。
 
 
   石舞台古墳膨れて春となる
   
   
   
 

2019年3月12日(火)
日限り日記

 [パソコンの設定サービス]
 居間には長い間タブレットが置いてあるけれどもメモリーも小さいしandroidのバージョンも古いしで反応が遅く、最近は専らスマホを利用していた。しかしこれも6インチの画面が小さすぎる。
 ということでタブレット・ノートパソコン兼用のマイクロソフトのsurfaceを買うことにした。
 Surfaceは多機能高性能でいいところも沢山あるが話によれば使い始めは苦労するとのこと。マシンの不具合が多いが初期段階でも取り替えると中古品が来る。分からないところがあってもどこに聞いたらいいのか分からないなどなど。
 私の場合はまずメール設定で初期画面が英語になっていた。プロバイダーに話すとパソコンメーカーに聞いてくれとのこと。そこでサポート電話を調べたが分からない。パソコン画面でマイクロソフト・サポートに質問をすると、瞬時に回答が来る。どうもAIが回答を探すらしい。回答の内容がピンとこないので質問を続けているうち「メールソフトの再インストール」という字が出てきたので再インストールしたら正常になった。
 次の問題はOffice。2019プレインストールとなっていたのに、2016版が入っているので、またパソコンでマイクロソフトとやりとりを3,4回続けていたら、押っ取り刀でここに連絡しろと電話番号が出てきた。
 サポートは予想に反してすぐに電話に出てくれて、後はリモート診断という私のパソコンを見ながら先方が直してくれる方法で解決した。
 マイクロソフト社のこのまずは自分でよくある質問回答を当たらせ、それから電話窓口に出るというサポートのやり方は合理的ではありそうだし、世界のパソコン業界の掟のようなものかも知れないが、初心者は取り乱してしまうでしょうね。日本の方式はサポート業界におけるガラパゴス化かもしれないし、日本の労働生産性が劣る原因かも知れないが、暖かで良いです。


 パソコン買ひ換へまづ探す花だより




2019年3月9日(土)
日限り日記

 [岡義武]
 読売新聞橋本五郎の今日の「五郎ワールド」は岡義武についてである。「明治政治史」がついに文庫になったという喜びを書いている。
 大学の講義でいろいろ忘れがたい講義はあるが、私にとっては岡義武だった。彼の国際家政治論は講義自体が名調子で、一語も聞き漏らすまいとノートにとった。講義にこそ彼が全精力を傾けていることがひしひしと感じられた。
 教科書「近代欧州政治史」「国際政治史」「近代日本政治史」は名著で、沢山の教科書は廃棄したがいまも手元にある。
 明治時代の征韓論について、今日の橋本の文によれば、岡は日本の国内の近代化が先であるとして不屈の意志で阻止したとして大久保利通を評価した、とある。私は自分が反西郷なのは、司馬遼太郎の影響かと思っていたが実は学生時代に岡によって刷り込まれていたのかも知れない。
 橋本は自分の10歳上の兄がびっしり「日本外交史」の講義のノートをとって残していると書いているが計算上私はそのお兄さんの世代になる。
 橋本は現天皇の若い時代に読んだ本の中に「近代日本政治史Ⅰ」があったと述べている。天皇陛下もこの書を読まれて先人の労苦と、岡の人柄に思いをはせられたのではないか、と書いているが、同時代の者に言わしめれば、政治史の教科書として優れていたからだろう。最近退位の近い天皇について急にこのようなことを言う人が多くなった。
 
 紅い唇ワープイヤリング落椿
 
 
 
 
 

2019年3月7日(木)
日限り日記

 [心電図]
 私はここ何年か来突発的に不整脈に襲わている。
 いまは携帯心電計というものがあって、すぐ測定し記録できる。次の検診のときは記録した簡易心電図を何枚か医者に持って行って見てもらう。
 もちろんはっきりした名前のつく不整脈もあるのだが中には、なにかなあと医者が首をかしげるものもある。
 でも医者ははっきりと言わなければならない。その結果医者によって見立てが違うことがある。
 これは洞性不整脈です
 これは期外収縮です
 いずれにしてもその後の処置は同じ―私の場合は放っておく―だが、なぜそう見立てたかの説明は大分違う。
 医者の参考書を立ち読みしてみると「間違わない心電図の読み方」というような本が沢山あるから心電図の読み方は難しいのだろう。
 最近慶応病院が過去4万人の救急患者の心電図をAIに解析させたところ心電図から正しい心臓の病名がすぐに分かるようになった、今後心電図を見て将来起こるべき病気を予測できるかも知れない、という記事を読んだ。
 医者の中には心電図の読み取りはAIに任せて、医者は患者の身体の状態や生活からどんな手を打つべきかを考えるべきだという話が起こっているそうだ。とりいそぎ現状どの病院でもAIの助けを借りて正しい心電図の読取りが出来るようにしてほしいものだ。
 そうすることで、医者のやるべきことも深まるはずだ。
 
 夜半の雨おぼろのかかる心電図
 
 
 
 

2019年3月5日(火)
日限り日記

[確定申告]
 知り合いのお母さんが亡くなった。僅かばかりだが貸しアパートが残り、子供三人が共有した。僅かとはいえ現金収入があるのだからと続けることになった。税理士に相談したら共有は難しいからおやめなさいと言われたそうだ。
 その第一回目の確定申告の期日が来た。日常の管理は管理会社に任せているから良いが、確定申告となるとそうも行かない。税理士に頼むほどの規模ではないので自分たちで始めたが、なかなか大変なようである。
 アパート自体の確定申告は一人が買ってでて収支をまとめているとのこと。それと今まで夫の扶養家族になっていた妻が、急遽納税義務者になり自分の確定申告を作るのも大変のようだ。いままで扶養家族であったということで、納税などは自分には関係がないと思っていたからである。税の仕組みが理解できない、収入と所得の違いが分からない、複雑な扶養控除や社会保険料を理解するのも大変だ。
 各人が税理士に頼むと言ってもほとんど0に近い税金を払うのに税理士になん万円も手数料を払うのには抵抗がある。しかしなんと言っても大変なのは、3人の意思を一つにすることである。税務知識も違うから勘違いがある。理解力にかなりの差がある。離れて住んでいるからメールでやりとりをするのだが、返事が遅い、ポイントを外している、約束したことをやってくれない等など不満が重なるらしい。
まあ、初年度が一番大変だから来年からはうまく行くよと言い合っているようだが、そうなればいいと思う。

 長城の千の北窓開きけり 
 
 

2019年3月3日(日)
日限り日記

 [「論語」総括」
 「論語」を読み終わったので一応総括のための本を探して読み始めたり、読み直したりしている。
 手元にある「論語」関係の本は、吉川幸次郎の「中国の知恵」「「論語」の話」「読書の学」「漢文の話」、司馬遷の「孔子世家」(原文および翻訳)、貝塚茂樹の「孔子」、金谷治の「孔子」井上靖の小説「孔子」、いま「文藝春秋」に連載中の宮城野昌光「孔丘」など。市中には新しい人の書いたものもあるだろうが読みたいという気が起こらない
 吉川幸次郎は1904年から1980年の人であるから40年も前の人である。私よりも30歳は上の方である。
 私が彼を知ったのは岩波新書「新唐詩選」で三好達治との共著は1952年発行、手元の1998年版は82刷。同じ時期の桑原武夫の「文学入門」(1950年初版、手元の1979年版は第49刷)と並んで洛陽の紙価を高からしめた。
 戦後5年をたったこの時代若者は日本以外についての啓蒙書を食い入るように読んだ。私も中学生からから高校生にかけての頃であった。吉川の名前は私にとっては学問の面白さを導いてくれる名前なのである。
  いま読み返してみると、どの本にも吉川の強気が感じられる。当時京大の中国学講座の教授は左翼系の人が多かったからそれへの対抗心もあったそうだ。吉川の「論語」解釈の基調は、「人間の善意への信頼」でそれまでの信仰的儒教の視点から離れ「論語」を等身大のものとしてみようとするものであり当時としては極めて新鮮だった(加地伸行)。
  吉川論語の欠点は、語りすぎることだと思う。だいたい「論語」を語るのはどんな意味があるのだろう。大切なのは読者に「論語」本文を読ませることではないか。解説者が語りすぎるのは、読者の蒙を啓かんとする意気込みが強すぎるか衒学趣味がありすぎるからか。論語のような短文からなる本は、原点準拠の大切さを失わせてはならないだろう。論語を読み終わった者に対する解説書としては、秀逸ではあるが。
   
 
 微笑みの孔子銅像藪椿