2018年12月31日(月)
日限り日記

 [「本年の総括]
 今年の原則:マハトマ・ガンディー「「明日死ぬと思って生きなさい。永遠に生きると思って学びなさい」
 
 (具体的目標)
1. 体調管理―発作性心房細動発症回数を抑える、3キロ減量
2. 毎日俳句一句
3. 家の歴史出版
4. 句集検討
5. 「論語」読破、「13/67」(陳浩基)、「堅硬如水」(閻連科)
6. 「日限り日記」に俳句を添付
7.  国内旅行
8.  パソコン買い換えデータ移管
9.  パソコン日記の製本
10. 書類整理、本の整理
 というものだったが、出来たのは中国語の現代小説を読むこと、書類・本の整理、パソコン新調データ移管、日限り日記に俳句を添付ぐらいだったが、難しさから言えば60点ぐらいだったろうか。
 目標に書かなくてやれたことは、中国語個人レッスンの復活(また今休んでいるが)、お墓の子供への移管の目鼻がついたこと。一番良かったのはそこそこの健康が保てたこと、一番お粗末だったのは良い俳句が一句も出来なかったこと―出来る環境を作り出せなかったことである。
 しかしなんと言っても一番の出来事は、義母の死、娘の義母の死と身の回りに弔事が続いたことである。加えて愛猫まで逝ってしまった。我が家では大きなページがめくられた一年だった。
 
 なほ新しき日々のありけり日記果つ
 
 
 今年ホームページを読んでくださったことに篤く御礼申し上げます。
 
 
 
 
 
 

2018年12月28日(金)
日限り日記

 [前立腺歌日記(四元康裕)]
 「がんの話がこんなに面白くてよいのだろうか。ドイツ在住の詩人が飄々と綴った闘病記・詩小説」「どこか怪しげな、にもかかわらず胸に迫る融合(柴田元幸)」という帯の文章に惹かれて求める。一気に読む。
 中に書かれている現代詩は、難しい。引用されている俳句や短歌はさほどではないのに、著者や別の詩人の現代詩はなかなか理解できない。詩が楽しめなくてはこの本の面白さが半減するに違いないのだが、それを差し引いても面白い。
 それは著者が言うように、前立腺はがんで生きるか死ぬかの時にありながら、手術によって尿漏れや性的不能(立つか立たないか)という副作用を心配せざるを得ないこの部位特有の面白味があるからだ。
 主人公は良い奥さんを持ちながらがん病棟の放射線医師や食堂の店員にちょっかいをだしてやろうと企む男でもある。放射線医師には逢い引きの妄想の最中に突然ズボンとパンツを下ろされて手術をした患部を見られたりする。まあ相手には全くその気がなくてこちらの一方的妄想に終わるよくある男のパターン。
 手術は成功したが、リンパ腺への漏れがあったので放射線治療をする。そこまででその後につては書かれていない。
 著者は、患者でありながら同時に患者である自分を観察する詩人でもある。四元はアメリカに8年住み,今はミュンヘンに住んでいる。詩人が外国に住んで家庭を持ち生活をする様子も興味深い。多和田葉子はベルリンに住んで日独二カ国語で小説を発表しているが、四元が海外に住んで詩作をするのはどうしてなのだろう。
 
 数へ日や暖房器具のまた壊る
 
 
 
 

2018年12月26日(水)
クリスマスソング

 [クリスマスソング]
 サッシュ屋が来る。この前直したサッシュの戸車が枠にぴったり合わないので見てもらった。しかしこのぐらいの隙間は家が古くなっているので仕方がないとのこと。納得はしないが仕方がない。あとで大工に話したら、サッシュの戸車交換は大工の仕事で大工にやらせたらうまくやれたのにとのこと、はて。
 冷蔵庫の中に水滴がたまるので修理センターに電話する。
 家の修理手配に追われる年末。
 新横浜に小物のカーテンを買いに。北風が強く、出てきたことを後悔した。
 新横浜プリンスホテルで、桐蔭学園の混声合唱団がクリスマスソングを歌っていた。
 なかに一人大人のソプラノがいたが、彼女の声がプリンスホテルのロビーの上を浪々と響き渡る。
 久しく音楽会に行っていない、トイレが近いのと高音が聞き取りにくいという聴力検査の数字が出ているのでひがんで。どうせ高音が聞き取れていないのだ俺は。
 家に帰ってからキャスリーン・バトルのクリスマスソングのCDを聴く。この不世出の歌姫はあまりに精神が繊細でありわがままであったため業界から抹殺されてしまったのだったが、CDではわがままでない。
 
 鹿児島産地鶏もも肉クリスマス
 

 

2018年12月24日(月)
日限り日記

 [クリスマス前の新宿]
 月に一度の句会、新宿にて。
 いつものようにタカノフルーツで食事をしたが少し待たされた。さすがにクリスマス前は混むのかと思ったが、実は中央にある20人ほどの大テーブルがいっぱいになっていたのだった。それが中国の旅行客だったので喧噪を極めた。
 彼らは別に日本に来たから騒がしいのではない。国でも騒がしい。つまり国民性なのだから仕方がない。郷に入れば郷に従えと言ってみても観光客である。
 ブックファーストでは正木ゆう子の「猫のためいき鵜の寝言」を見た。彼女の本は俳句も散文も中身が濃くて好きである。でもこんな小さくて薄い本が、1800円は高すぎる。散文の本に俳句の句集の値段をつけたのだろうか(句集は売れないから高い、奉加金だという説もある)。中身は新聞に連載されたものを掲載したに過ぎないとあるではないか。やがて買うはめになるかもしれないが、今日は抗議の意味も込めてパス。
 代わりと言っては何だが、詩人四元康祐の「前立腺歌日記」を買う。帯にあった柴田元幸の「詩と散文のどこか怪しげな、にもかかわらず胸に迫る本」という推薦文に惹かれて。こういう本には、本屋散策をしてみないと出会うことが出来ない。
 句会では先生の選は一句が特選一句が落選。特選と言ってもこのように手直しした方がいいと言われたのが私的にはかなり換骨奪胎だったから、喜んでいいのやら。でも正月に向かって二句とも落選よりはいいとしよう。
 
 
 大臼の力いただき力餅
 
 
 

2018年12月20日(木)
日限り日記

 [二つの葬儀]
 寒くなってお年寄りでなくなられる方が出てきた。立て続けにおふたりの葬儀に出席した。亡くなられたのはどちらも80歳を超えていた。
 最近は学校や会社の友人の葬儀にも出席しないことを許してもらっている。が今回はどうしても出ないといけない。
 お一人はご近所の奥様とのお別れ。40年間ほとんど毎日顔を合わせていたし、お互いの家の子供も幼稚園の頃から知っている。亡くなったとき、お子様が見えられて、いま家に安置しているから顔を見てやってくれと言ってきた。家庭でお付き合いのあった方とその家でゆっくりお別れをすることができた。お子様の心配りに感服した。
 もう一人は親戚の葬儀。こちらは夫、子供夫婦、孫、子供の嫁の両親で合計十数名。東京の貸しホールのようなところで行われた。宗派のお坊さんは来たが葬儀だけでお通夜はしない。私たちは火葬場には行かなかったが、終わってから一同で会食をするとのこと。一切の無駄がなくすっきりしていた。葬儀屋を立てないで自分たちで葬式をする力のある人がやるとこういう葬儀になるのかもしれない。初めて経験したが究極の家族葬である。
 まあ自分が死んだときはどうするか勉強になりました。自分が勉強しても仕方がないことではあるが。
 
 
  お隣の逝去の知らせ花柊
 
 
 

2018年12月16日(日)
日限り日記

 [新しいパソコンの実力]
 5年ぶりにデスクトップパソコンを新調したが、その変化は如何。
1. OSはどちらもwindows10だが、古いパソコンの方は8、8.1、10へとアップグレードしてきた。10のなかでバーションアップすると極端に遅くなってしまう。
2. CPUはintelのi7で変化は回転数の差ぐらい。
3. 液晶画面は23.8インチで変わらず
4. 古い方はタッチ画面だが、新しい方はタッチ画面ではない。タッチ画面は便利だったが今はないとのこと。
5. 音は、古い方がスピーカーが大きく新しいのは音が貧弱である。ステレオ2ウエイスピーカーとあるのでそれほど悪くならないと思っていたががとうてい音楽は聴けない。やむなく大分前に使っていたスピーカーを接続して使っている。
6. ストレージは古いのはHDD3TB、新しいのはSSD256GB+HDD3TB。このSSDがなかなかの優れもので、起動やシャットダウンが極めて早い。起動は古いのが2分、新しいのが20秒。シャットダウンは新しいパソコンはすぐに切断できる。パソコンの立ち上げ・シャットダウンにイライラしなかった人はいないと思うがSSDになると従来のパソコン観が一変する。
7. 結論として、バージョンアップを繰り返すことに限界を感じたのと、立ち上げが早くなる技術開発が出来たことを信じて新調したのだが、まあよかったと思う。今のところSSD半導体は値段が高い(+2万円ぐらいか)が、十分に価値はあると思う。


   新しきカーテン新しき冬日差
   
   
 

2018年12月13日(木)
日限り日記

 [パソコン新調]
 今回5年ぶりにパソコンを買い換えた。一番心配したのは古いパソコンから新しいパソコンへのデータの引っ越しである。なかでもメールのデータとホームページのデータがうまく新しいパソコンへ引っ越しできるかである。
 メールデータの引っ越しについては普通は心配しないのだが、最近メールソフトをwindows livemailからoutlookへ変えたときにデータ移管が結構大変だったし、outlook同士でも2013から2016へは全部移るとは限らないなどと警告が出ている。過去のメールなど滅多に見ないが、残せるものは残したい。
 ホームページはデータの引っ越しは簡単だが引っ越ししたデータがうまくプロバイダーに転送されるかどうか心配である。過去なんどかハラハラしながら繋ぎ直した経験がある。ホームページはこの20年の生き様の記録でもあるので瑕疵なく残したい。
 最近パソコンは機能が増して複雑になったので、自分で個々にやるよりはデータ引っ越しソフトを使って一括引っ越しをしようと思ったが、うまくいかない。ついにパソコンメーカーの有料リモートサービスを受けることになった。これは技術者に私のパソコンを覗いて操作してもらうサービスである。
 結論から言うとデータを一つずつ引っ越すのが一番確実だということだった。
 メールの引っ越しはメールソフトを変えたために大変だったが、ホームページの方は元のソフトが十分引っ越しに対応していたので心配は杞憂に終わった。
 一番大変だったのは、うまくいくかなという心配がどんどん膨らんでしまったことである。買ってすぐ乗り換えを実行すればよかったのだが十分時間をとれる日まで延期したので心配がどんどん膨らんだ。心配に押しつぶされるようになってしまった。心配していたからこそ手が打ててリスクが回避できたものもあるが、杞憂も実に多かった。生涯にどのくらい杞憂があったのだろう。
 

 今日からは新パソコンや春支度
 
 
 
 
2018年12月10日(月)
日限り日記

 [冬のペンキ塗り]
 大工が材木を置いていったのでペンキを塗った。
 
 炎帝に一日仕へてペンキ塗る
 という句を作ったことがあるが、今は冬である。しかも寒波が来ていて寒かった。
 材料は二階のベランダの修理のための材料である。1メートルの根太が2本と厚さ18ミリ巾120ミリ長さ4メートルの板が2枚。工事をする前にあらかじめペンキを塗っておいた方が後々作業が楽だと言う大工は、自分ではペンキは塗らないと言う。ペンキ屋を呼ぶほどの量でもないので自分で塗ることにした。お金を惜しむというよりも、自分でやれることはやるという生き方を、年をとった今もなかなか捨てきれない。
 ペンキは去年外壁を塗装したときに補修用として多めにペンキ屋に置いていかせたのだが、ペンキ屋は気を利かせてローラーも置いていってくれた。最近は刷毛よりもローラーを使うことが多いのは去年ペンキ屋を見ていて学んだことだ。ローラー方式はペンキの使用量は増える気がするが作業は格段に早くなるし、素人には出来映えも良く出来る。
 年末大工は忙しいので、いついつまでに塗装を済ませておくと約束をさせられた。つまり大工が棟梁で、私はその下に入るペンキ屋なのである。自分の家ながら大工に出来映えで叱られないか心配している。
 
 冬帝に励まされつつペンキ塗り
 
 
 

2018年12月8日(土)
日限り日記

 [眠られぬ夜のために]
 木曜日は「週間文春」と「週刊新潮」の発売日。テレビのニュースショー番組が嫌いなので、ゴシップまがいの記事は週刊誌で見る。
 「週間文春」の、林真理子、伊集院静、「週刊新潮」の五木寛之、櫻井よしこなどのエッセイを時々読む。
 五木寛之は週刊誌の誌面では面白いこともある。今週は「昔の服を眺めながら」という題で、「材質もいい。仕立ても良心的だ。しかし、やはり今どき膝まである上衣はちょっとなあ」と書いている。似たような服を私もどうしようかなあ、と思っている。
 しかし、最近出た五木寛之の「眠れぬ夜のために」という本は何だろう。副題に「五百余の言葉」とあるから彼が集めてきた古今の名言集かと思ったら、なんと自分の書いた150余の著作から、自分が書いたり言ったりした言葉を拾い上げたものである。もちろん、親鸞がこう言っているという言葉もあるが、ほどんどが基本的には彼がこう思うという言葉である。
 彼には若い人にお説教をするというか自分の生きてきた方法を良しとし自慢話をする癖があると思っているが、この本で極まれりだ。自分の言葉を読ませて心が落ち着くだろうとは恐れ入った傲慢さである(これは私の見方です。彼には多くのファンがいるようだが、叱らないでください)。
 
  始まりは師走八日の朝まだき
 
 
 
 

2018年12月6日(木)
日限り日記

 [年寄り病]
 年寄り病というと人の名前や物の名前を忘れるもの忘れが第一だが、私の場合は「複数の判断要件がある場合そのうちのいくつかの要件を忘れて判断してしまう」が最大の年寄り病であるように思う。これも大きく言ってもの忘れなのだろうが。
 今回5年使っているパソコンを新調したが、新調を決める判断要件としては
1今のパソコンで何が困っているか。2.魅力的な技術革新があったか。3.新製品が出たのか。4.今が買い換えるのによい時期なのか。などである。
 今使っているのは富士通のディスクトップでwindows8から8.1、10へとアップグレードしたものである。次の買い換えはNECにしようと思って新製品の発表を心待ちにしていた。というのはディスクトップではNECが他社に先がけて面白い製品を出すと私は考えているからである。しかし私が発売を予測した2018年6月を過ぎ、更に11月になっても現製品の安売り期間がだらだらと伸びるだけで新製品の発表がない。しびれを切らせて、品質の安定性ですぐれている富士通の製品を買うことに切り替えたというあたりから判断がふらついているし、情緒的になっている。
 11月末にスペックを指示する方式で注文したあと俄に購入時期が気になり始めた。11月が購入に相応しいかどうか、もう2、3ヶ月待てば新入生を狙った新製品が出るのではないか。
 こんな初歩的な判断要件を忘れてしまう。これを老人病と呼ばずしてなんと呼ぼう。お前には前からそういうところがあったよということは認めたくない。
 
 尽日や人知らずして怒らざる
 
  
 

2018年12月4日(火)
日限り日記

 [データ移管]
 長い間メールソフトはwindows livemailを使用してきた。ところが2017年以降はサービスができなくなったとのこと。
 メールソフトにmicrosoftの推奨するoutlookを使うことにして今までのwindows livemailのデータを移管しようとしたが、何度やっても途中で、データに問題がありソフトを中断しますという警告が出て移管出来ない。
 ネットで見ると同じような問題で困っている人が沢山いる。解決方法もいろいろ出されているので試してみたが、どれも一挙に解決できるような方法はなかった。
 丸一日間出来るかぎりの手を尽くしてデータ移行が出来たが、よく見ると移行できていないデータもあるようだ。しかし受信データだけでも6000件は越えているのでとても一つずつ当たるわけにはいかない。過去のデータを見返すようなことは滅多になかったから、まあそこそこのところであきらめざるをえない。windows livemailのデータファイルはいざといときにほかのメールソフト(たとえばthunderbird)で呼び出せるようハードディスクに保管しておくこととする。
 Windows livemailもoutlookも同じmicrofoft社製である。あまりユーザを困らせるようなことはして欲しくないが、システム間の完全互換などいうことはあり得ないのだ、技術革新のためにはユーザが泣き寝入りするしかなのだという声も聞こえてくる。
 
 
 短日のデータ移管ままならず
 
 
 
 
 
 

2018年12月1日(土)
日限り日記

 [ご当地鍋料理大会]
 帝国ホテルで会があって、解散してから日比谷公園の黄落を見ようと思っていたが、公園ではご当地鍋フェスティバルが開かれていた。山口県とんちゃん鍋、宮城県あんこう肝鍋、富山県白エビ雪見鍋、博多もつ鍋、丹波篠山ぼたん鍋など34種類の大鍋。このほかに郷土料理の屋台が同じ数ぐらい出ていて、平日の昼間だが若い人もうまそうに熱そうに食べていた。
 私は帝国ホテルでお腹がいっぱいになっていたのでまことに残念ながら食べられなかった。今日の会は来年も同じ時期にあるので来年は鍋のために少しお腹を開けておくことにしよう。二メートルぐらいある長い柄のしゃもじから小さなお椀によそってもらうのも面白そうだ。
 
 
 あんこうの肝の太きが鍋の底