[応仁の乱]
「応仁の乱」と言えば高校時代に学んだ日本史のなかで、もっとも分かりにくい、すっきりしない事件だった。その割には11年とかかった戦乱の年数も長く、京都がほとんど火の海になるなど被害も甚大だった。
去年呉座勇一氏の「応仁の乱」が出版され24万部売れたという。何かこの本に売れる理由があるのだろうか。購入して読んでみた。
応仁の乱(1467~77)は実力者細川勝元、山名宗全の対立、将軍足利義政と弟義視の対立、管領畠山家の家督争い、事実上の大和守護である興福寺の存在などが絡んで起きたと言われるが、この本は新しい資料に基づいて書かれているとは言え、従来と違った分かりやすい切り口で説明しているとは言えない。読んでみて、相変わらず分かりにくくすっきりしない。例えば長引いた一番の原因は文化人将軍義政のはっきりしない政治決断力にあったとされているが、この本を読むとそうとも思えるし仕方がなかったとも思える。
今回、呉座勇一氏の「応仁の乱を再考する」という講座があったので出席してみた。50人の席が満席である。本を読んだ人と聞かれて半分ぐらい手を上げた。
講座は本の内容と特段違ったことはなかったが、最後の質問の時間に、なぜこの本が売れたのですか、という質問があった。
著者はばつが悪そうに、どこに行っても聞かれるのだが自分でも分からない。強いて言えばと言って次のように話された。
「「応仁の乱」には織田信長のようなヒーローは誰もいない。しかし、現実はむしろそれが本当なのではないか。その真実らしさが、今の人に受けているのではないか」。
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