2017年3月28日(火)
日限り日記

 [西行忌句会]
 会員60人の俳句会、兼題(宿題)は「西行忌」。二句提出。
 主宰の、特選一句、入選一句。この上ない成績で、うれしかった。
 
 西行にたてまつらんか桜咲く
 「心ばせが立派」と言われたが、「仏には桜の花をたてまつれわが後の世を人とぶらはば」の西行歌あり、これを引いたと認めて欲しかった。でも、元歌がなくても、この句自体で良いとなったわけだからうれしい。
 
 清盛も義清(のりきよ)も花西行忌
 季語の「西行忌」が出ているのだから、義清を出しては対句が良くない。清盛と後白河などだろうとのこと。平清盛とのちの西行佐藤義清は同年次の人。義清出家時は二人とも23歳で花盛りと反論したかったがしなかった、主宰の言っている方が結局いつも正しいから。
 このように、俳句は句会に出ても機関誌に投句をしても毎回一喜一憂する。そうして歳をとってゆく。

 



2017年3月27日(月)
日限り日記

 [国会証人喚問]
 今回の国会証人喚問は視聴率が高かったのではないか。同時刻にワールド・ベースボール・クラシックの決勝戦が行われたが、野球好きでも国会中継の方を見たという人がかなりいた。
 基本的には政治家の関与により国有財産が不当に安く払い下げられたのではないか、という問題だが、それが総理夫人が名誉校長をしていた学校に対してだったから、なにか特別の力が働いたのではないかと勘ぐられている。加えて総理夫人がこの学校に百万円の寄付をしたか否かが争点になったことも関心を広げた。
 やんぬるかなである。アメリカのトランプ大統領の過激な政策、韓国大統領が逮捕されるかどうかなど、世界ではスキャンダラスな話題が多かったが、日本国の総理は世界でいまリーダーシップを取っていると言われ国民も誇りに思っていたはずだ。それがこのようなスキャンダラスな話題の人に成り下がろうとは。
 ところで国会の証人尋問を聞いていると、流石に法曹資格を持った人とか警察上がりの代議士は聞き方がうまい。しかしややもすると法廷弁論調で相手をやり込めることに快感を持ってしまうようで、限られた時間に問題の本質を解決するには芸が細かすぎる。
 以前民主党政権の頃は、内閣の要職が市民運動家、労働組合幹部と並んで弁護士出身で占められていた。それで初めは新鮮だったが、次第に見方が偏っているなあ、国全体が見えていないのではないかなあと感じられるようになってきた。
 今の自民党内閣は、代議士(国会、地方議会)出身の代議士が多いのではないか。今は国民は民主党政権時代の余りのていたらくに、羮に懲りて膾を吹いているところだから良いが、そのうち何か離れているなあ、驕っているなあとなるかもしれない。今回の事件もほころびの始まりかも知れない。
 
 

2017年3月25日(土)
日限り日記

 [丸の内仲通り]
 昔勤めていた丸の内中通りに行ってみた。大分前からオフィスビルの一階に高級ブティックが入り、コーヒーショップが並んだから、オフィス街からブティック街へ風景が一変した。今年は休日であったためか道路の真ん中でワゴンセールが行われていた。もう高級ショップ街の印象はなく普通の買い物客が家族で歩く街になっている。
 ただビルの地下に薬屋、食堂、床屋など昔よく行った店が残っていて、これらを見ると、忽ちサラリーマン時代に戻ってしまう。
 やはり丸の内に勤めていた30歳から50歳ぐらいは、時代も自分も可能性に満ちていたのだ。
 仲通りから一つ外側に出て、日比谷公園から大手門辺りまでのお堀端を歩いてみた。ここは全く20年前と変わっていない。お濠に白鳥や水鳥や鯉がおり、街路樹の柳が芽を出している。
 東京も皇居に接するところだけは変わっていない。今では信じがたいと思われるだろうが、私が学生のころ、すなわち今から60年前ごろ、皇居が東京の道路網を整然とさせるための障害になっており、皇室に京都にお移りいただいて、整然とした道路網を作るべきだというような議論があった。あちこちの遺跡が道路建設のために破壊された高度成長時代のころである。
 祖父が大学生だった私に、古墳とか遺跡とかの文化財は一つしかないもので一度毀したら代わりがないのだから慎重の上にも慎重にすべきなのだと言ったことを覚えている。

 今では皇居があるから東京の美しい風景が保たれている、良かったと思う人がほとんどだろう。

2017年3月22日(水)
日限り日記

 [OB美術展]
 会社のOBの美術展が有楽町駅に近い展覧会場で開かれたので見に行った。油絵、水彩画、パステル、水墨画、木版画、写真、書道、陶芸、鎌倉彫、切り絵、俳画などのいろいろな分野で、50人が110作品を出している。会社OBばかりでなく家族も参加できるとのことで、鑑賞とか当番のために会場にいるのは女性の方が多かった。社員の夫は無芸で、夫人が作品を出している人も何人かいた。
 作品を出している知り合いに案内してもらって会場を一周する。作者はほとんど知っている人なので、こんな才能があるのかと驚かされることもあり、一般の展覧会では味わえない面白さがある。
 もう何度か行っているので絵を見ると大体作者が分かるようになった。そうなると今年はどういう絵を出しているか楽しみになる。絵を前にして彼は少し画風が変わったのかしらと質問をすると、なに、まだ確立していなのでいろいろ移ろうのですよと案内者が笑って言った。
 27回(27年)開催になるので、参加者はお互いに顔見知りになっているようで、あちこちで談笑しながらお互いに作品を見ているグループがいた。俳句だと句会で互選(会員の投票)があって、選者の入選選考がある。優劣判定が付くから競争意識が起こる。美術の方がお互いに褒め合って和やかで、争うことが嫌いな人にはいいのではないか。
 案内してくれた知り合いの「柿田川湧水」の絵が、いつもながらなかなか良かった。


梅花藻春を広げて柿田川
 
 
 

2017年3月20日(月)
日限り日記

 「福チャンの転居」
 前の家の犬が車に乗せられてどこかに行ってしまった。
 前の家の犬の名前は福チャン。中型の雑種で毎日ご主人が散歩に連れ出していた。ご主人が少し惚けてからは、福チャンが家に連れて帰るから大丈夫だと思うが、もしどこかで迷っていたら教えてください、と家の人に頼まれていた。
 そのご主人が昨年亡くなってからは、家にいるご長女が勤めに出る前朝早くと帰ってから夜遅くに散歩をさせていた。奥さんは身体が弱くて無理だった。
 福チャンは我々になかなか慣れてくれず、声を掛けるまでは吠えてかかられた。でも声を掛けると隣人であることが分かるらしく、なんだあなただったのかとじろりと横目で見てくれた。
 このところ余り散歩に出ないな、でも家の中で放し飼いをしているのだから運動不足にならないのかななどと、我々夫婦で話していた矢先、二女の方の車が来て、その車に載せられていく福チャンの姿が見えた。
 この家では散歩は出来なくなったのだろう。二女の方も時々現れては福チャンと散歩をしていたから、福チャンのためにはそれで良かったのだろう。
 でも我々は一挙に寂しくなってしまった。


    どの犬も間抜け顔なる猫の恋



2017年3月19日(日)
日限り日記

 「季語と歳時記の会」
 「季語と歳時記の会」、神奈川県立近代文学館において。
 講演の前に文学館で「井上光晴展」を見る。名前はよく知っている作家だが作品を読んだことなし。その生涯を垣間見ても感動を受けなかった。
 「季語と歳時記の会」の講演の題は「桜と和菓子」。昨年は「梅とお菓子」だった。去年せめてお菓子でも付いていれば良いのにと思ったが、それはみんなの思いだったらしく、今年は和菓子が付いていた。四種類の中から選ぶのだが、桜餅はすでに売れていた。日本の和菓子で一番人気のあるのは桜餅とのこと。
 講演は、和菓子の歴史、和菓子の意匠、和菓子に見る桜、春の和菓子の代表桜餅などについてだった。このなかでは和菓子の意匠が面白かった。意匠は、桜・梅などの植物、鶴・亀などの動物、雪・霞などの自然現象、山・浜辺などの風景、簾・扇などの生活用品などから採られている。和菓子の名前もそうで、「遠桜」「手折りの桜」などの名前が付いている。いい名前を決めておいてデザインするらしい。季語に誘われる俳句と同じだ。
 続いて句会も開かれた。私はあらかじめ桜餅の葉っぱの「濡れ」を読もうと思って、「濡れ」の入った俳句を提出したが、選者の選は全滅。
 
   葉脈のくれなゐ濡るる桜餅




2017年3月16日(木)
日限り日記

 [オペラ]
 私が始めて見たオペラはホセ・カレーラスがドン・ホセの役を演じたカルメンだった。そのころはまだ日本も貧しく沢山の観客を入れてオペラの費用をまかなう必要があったから、場所は確か代々木の体育館だったと思う。しかし音響効果の悪い体育館であってもカレーラスの声に魅了されてしまって、我々夫婦はカレーラスが日本に来るたびにその声を聴きに行った。
 今のオペラの引っ越し公演は、スカラ座とかメトロポリタンオペラとかの一流の歌劇団になると入場料が一人6万円以上になるから大変だ。しかし毎回満席になるのだから我が国の所得水準もずいぶん上がったものだと思う。私は、ハンガリーとかチェコの歌劇団を聞きに行くことが多い。これだと半分以下で済むからだ。大道具が貧しいこともあるが、歌手は中には実力のある歌手もいる。マリア・グレギーナなども出ていた。
 つい数日前にNHKの「クラシック音楽館」で「カルメン演奏会形式第三幕・四幕」を見た。出演したのは今の世界的なオペラ歌手だそうで、とても楽しかった。カルメン、ドン・ホセ、エスカミリオ、ミカエラは何れも外国人で、声も容姿も美しくて堪能した。とくにカルメン役の歌手が、豊満な体躯でテレビ映えがしていた。
 日本の歌手も長足の進歩で、細かな技術では海外の歌手を上回る人がいる。それでもオペラは舞台が外国だから日本人歌手がイタリア語・フランス語を使うオペラを日本で見るとしっくりこない。これは私が神経質すぎるのかも知れない。もっともこの問題は、村上春樹の「小澤征爾さんと音楽について話をする」のなかで小澤が、彼が外国で浴びたブーイングは彼が東洋人であるためが大きかったことや、東洋人が西洋人の書いた音楽を演奏する意味について何度も話しているように、なかなか簡単な問題ではないようだ。
 
 

2017年3月14日(火)
日限り日記

 [アクセス回数40,000回突破]
 2017.3.13私のホームページのアクセス回数が40,000になった。2006.1.1開設だから11年になる。年平均3600アクセスはもちろん多い方ではないと思うが、内容がエッセイとか中国語のエッセイとか俳句なので実に地味である。よくぞ多くの皆様が読んでくださったと感謝の気持ちで一杯である。
 もともとは現役を引退して自分の小文を発表する「場所」がなくなったことから、自分で場所を作り出そうとしたことに端を発する。そしてその場所に、小文エッセイのほかに、中国語の勉強のために先生に提出したエッセイを載せたり、句会のために作った俳句を載せたりしてきた。絵の勉強をしている妻にも、作品を掲示することで協力してもらった。
 もともと高等学校の時から日記を書く習慣があったので、一日の終わりに短文を書くことは苦にならなかった。しかし他人様に見ていただくには少し厚かましいかも知れないという気持ちはあったし今もある。
 去年から「日限り日記」と称して、日記の一部をご披露している。初めはその日限りで消去するつもりだったが自分で惜しくなり、一ヶ月は見られるようになっているし、過去の分もフォルダーに残しているから拾い出すことは出来る。今までの中国語エッセイ(日本語つき)中心よりは少し読みやすくなったようで、アクセス回数も増加した。
 今日40,000という数字を見たときにはうれしかった。はるばる来たものだと思う。これからも引き続き読んで頂けるように努力していきたい。そのためにただ一つ大切なことは、世の中に対して好奇心を失わないことだと思っている。好奇心がなくなったら止めますのでそれまでどうかお付き合いくださるようお願いいたします。
 
 
 
 

2017年3月13日(月)
日限り日記

 [鎌倉句会]
 成績はいつものとおり選者の選はなし。自分のことを除けば選者の批評はうなずけるものばかり。つまり自分が未熟だということ。
 久しぶりに、Qさんに会った。俳句が上手で毎月の結社の機関誌で気をつけて読む何人かのうちの一人。Qさんが、お久しぶりですね、と言ったのに対して、お久しぶりです、でもQさんの俳句はよく読んでいますよ、と答えた。これはとっさの挨拶の下手な私としてはまあまあの返事だったか。
 俳句は基本的に季節や人に対する挨拶だという人がいるが、気になる人の句を読むと大体そのひとの近況が分かる。月々の句を読んでいると言えば、お目にかかっていないがお目にかかったような気分でいますよ、ということが伝わったのではないか。
 今日は元気で出席できて元気で帰れたことで良しとする。折角買った鎌倉の鰺の押し寿司を、電車に忘れてしまうというポカはあったが。
 
 一日に何か失敗桃の花




2017年3月9日(木)
日限り日記

 [大学同クラスの句会]
 大学同クラスの句会が青山の友人の持つ事務所の会議室で開かれた。
 この会は13年ほど間に始まった会で、年間4回、季ごとに開かれる。メンバーは10名だったが、この間に亡くなった者が3名出て今は7名になった。きょうは今年の1月に亡くなった友への追悼句も持ち寄った。これも入れてその友人の遺句集を作ってあげるためである。
 
メンバーが一人欠けると句会の雰囲気が変わってしまう。今までは乗り越えてきたが、この先が少し不安ではある。
 残ったメンバー7名の俳句歴はいろいろである。かなり前からやっている者、ほかの結社に入って月何回か句会に出ている者、この青山の句会のためだけに俳句を作る者。つまり選者が必ずしも俳句的研鑽がある人ばかりではないから、点が入る句がいい俳句とはかぎらない。かといって点が入らなければ次の3ヶ月後まで挽回する機会はないので、平然としてばかりいられない。
 今日の兼題は恋猫だった。
 恋猫の声に闇夜のゆがみけり(一雄)、が点を取った。
 終わって短時間話をする。今日は政治のこと、最近読んだ本のこと、芥川賞・直木賞作品のこと、村上春樹のこと、中国語のこと、健康のことなど。



2017年3月6日(月)
日限り日記

 [もはや猫は飼えず]
 久しぶりに大型ショッピングモールにあるペットショップを覗いた。仔犬が5,6匹と同じ数の子猫がいた。相変わらず犬は間抜けな顔をしているし、猫は仔猫と言えどもこましゃくれた様子をしている。
 ペット用品を覗いたが、老い猫用の首輪はなかった。老い猫になると首輪は軽ければ軽い方が良い。鈴などはもはや不要だ。かといって首輪がないと野良猫と思われはしないか心配である。
 我が家は子供が中学校に入ってから猫を飼い始めた、動物アレルギーが怖かったので。その猫は長寿で21歳まで生きた。今の猫は17歳である。我々の寿命を考えるともうこのあと飼うことは出来ない。ペットレス症候群になるのは明かだから、せいぜい今の猫に長生きしてもらわないといけない。
 動物を飼って困ることは長い旅行が出来ないということだ。昔は留守をするときは3日置きに様子見に子供に来てもらったが、子供が自分のことで忙しくなった今は簡単には頼めない。家の出入り自由な猫でも、留守は2泊3日が限度だろうということで、人間の方で猫に合わせている、猫と暮らす楽しみに比べたらこのくらいの折り合いはあたりまえのことだが。
 
 

2017年3月4日(土)
日限り日記

 [炸裂志]
 最近急に閻連科の「炸裂志」の書評が出るようになった(2016.12日経、2017.1読売)。つまり最近「炸裂志」の翻訳が出版されたからである。私は2014.11「炸裂志」の中国版原書を神田内山書店で見つけて読み、2015.1に読後感をこのホームページに載せた(「ようこそ正太郎館へ」-「中国語エッセイ・日本語つき」-「閻連科の「炸裂志」を読む)。2年遅れではあるが書評が出たことを大変うれしく思う。自分の読後感と照合できるし、この勝れた作品を読んで欲しいと思うので。
 「炸裂志」に見られる超自然的表現方法(マジックリアリズム)は、現代作家では「莫言」「余華」にも共通した方法だが、更に遡れば、「三国志演義」「水滸伝」「聊斎志異」など中国の物語に通じるものである。その手法によって、現実をよりリアルに浮かび上がらせるのは、日本人の作家では出来ない芸当だと言える。どの書評でもこのことに触れて、なかには圧倒されたという評者もいる。
 ところで、池澤夏樹氏の「知の仕事術」によれば「翻訳物を原書で読むことはほとんどなくなった。時間が惜しいから。ただし翻訳が出ない本は原書で読まざるを得ない」。
 私は中国語の小説は、中国語を学んでからは全て原書で読んでいる。速度は翻訳だと3日で読了できるものが1ヶ月はかかるから時間がかかる。でも中国語を勉強している者としては、原本を読むことでそうでなければ得られない知識を得ることが出来ると言う喜びがある。
 中国語勉強もそろそろいいかなとなればこれからはどうしようか。大体面白そうなものは翻訳が出るから2年待つとするか。それとも読むのに時間がかかっても早い時期に読むか。
 悩ましいのは莫言だ。莫言は私の知る限りノーベル文学賞を受賞したあと作品を発表していない。彼のことだから、十分時間を取って自信作を出すに違いない。彼の流れるような文体を、出来れば直接原文で読みたいものだと今のところは思っている、多分翻訳されるまでの2年間は待てないと思うので。
 
 
 

2017年3月1日(水)
日限り日記

 [世襲制度下の権力闘争]
 則天武后はすごい。もともとは唐の第二代皇帝太宗の秘書だったが、第三代の皇帝高宗の女にもなり、やがて皇后の座を射止める。自分が妊娠したときに皇帝が別の女と浮気をしないように、自分の姉に皇帝の相手をしてもらう。やがて姉は高宗に夢中になってしまう。高宗は姉の娘に手を出し、姉は首を吊って死んでしまう。やがて武后は高宗の後継になる。
 この時代(650年頃)の唐朝の権力闘争はすごい。競争相手を毒殺するなどは日常茶飯事だ。
 日本では672年天武天皇が兄天智天皇の子供大友皇子を打ち負かして皇位に着き、686年天武天皇の皇后鵜野(のちの持統天皇)は自分の子供の草壁皇子に皇位を継がせるために、同じ天武天皇の子大津皇子を謀反の疑いで自殺に追い込んでしまう。
 現在報道されている北朝鮮金正男の殺害事件を見ると、まだまだこのようなことが行われていることに驚愕する。しかし世襲制度のもとでの権力闘争は基本的にはあまり変わらないのかも知れない。我が国ではいま天皇退位がおだやかに論じられていはいるが。